Lawn 悦子の証

私は、世界一素晴しい両親と姉二人のとても温かい幸せな家庭に育ちました。 幼い時は、天真爛漫でいつも友達が大勢いました。しかし小学校の半ば頃からどういうわけか少しずつ劣等感を持ち始めるようになりました。 姉たちが、非常に成績がよかったので、体育、美術そして音楽以外は全然駄目だった自分と知らず知らずに比較していたのかもしれません。 しかし、後で聞いた話によるとそんな姉たちも、こんな私を羨むことがあったそうです。「隣の芝生はうちのより青い」とよく言われますが、恐らく大小の差こそあれ、ほとんどの人が、何らかの形で劣等感を持った経験があるのかもしれません。 

学校を卒業し勤めていた頃、仕事が忙しかったせいか毎日、時間に追われた生活をしていました。 朝早く起きて出勤し、夜遅く帰宅する毎日が続きました。少ないながらも、空いた時間には、デートをしたり、友人と飲みに言ったり、それなりに楽しい時間を過ごしていました。 そのうち結婚して、家庭を持って、平凡な暮らしをして行くのだろうと思っていました。 その時私は、健康であったし、愛情をいっぱい注いでくれる家族もいたし、何不自由もしていなかったにもかかわらず、特に自分が幸せであると心から感じていませんでした。また将来にも、特に大きな希望も持っていませんでした。 しかし人生ってこんなものかなあと思っていました。人によっては、それぞれのゴールに向かって一生懸命がんばり、キラキラして見える人達もたくさんいます。姉たちもいつもそうです。 でも、私は小さいころからあまり自分に自信が持てなかったせいか、特別に何か一生懸命に打ち込むものを持ったことがありませんでした。 ある時、ふと何のために生きているのだろうと疑問を抱きました。 同じ人生を生きるのであれば、今までのように、ただ毎日の忙しさ、その場限りの楽しさに流されるような人生ではなく、何か目的を持った人生を歩みたいなあとふと思いました。 私自身の人生について考えれば考えるほど、今まで何となく生きてきた人生、またこれから何十年生きるかわからない人生が、面倒に思えたり、特に将来に対しても強い希望を持っていない人生が、妙に無意味に思えてきました。 でも今生きている以上、何とかして生きている価値を感じるような本来の人生の目的を捜したくなりました。 

そこで、両親の猛反対にあいながらも仕事を辞め、一応英語を習うという名目でニュージーランドへ旅立ちました。(1984年1月) ニュージーランドに行った初めのころは、たぶん親元を一度も離れたことがなかったこと、英語がほとんど話せなかったこと、カルチャーショックなどの理由で、ひどい不眠症と恐怖感に悩まされました。その時辛いなあと思い何度も日本に帰ろうと思いましたが、また同じ生活を繰り返すだけなので必死に我慢しました。

3ヵ月位たってから大学の寮に住み始めました。 ある日、寮の食堂で食事をしていると、とても笑顔の素敵な女の子が話しかけてきました。 彼女は、西サモア出身の医学生でした。 それまでは、ニュージーランドに来てから3ヵ月も経つのに、英語で話したのは、お店とか通りで挨拶する程度だったので、ひょっとして友達になれるかもしれないと思うと嬉しくてたまりませんでした。 その夜、彼女がギターを持って私の部屋に遊びに来てくれました。 私は、片言の英語で、初対面の彼女になぜか不眠症、恐怖感のことを話していました。 彼女は、いろんな曲をギターを弾きながら歌ってくれ、帰り際にお祈りをしてくれました。 彼女は、私の部屋の戸を閉める前に「神様はいつも起きておられるから、悦子ゆっくりお休みなさい。」と言って彼女の部屋に戻って行きました。 その時まで、神様の存在さえ考えたことがなかったので、特に強く心に響くものはなかったのですが、でも何となく誰かがいつも起きていて、私を見守ってくれているのかと思うと、なぜかその夜は久しぶりに安心してゆっくり休みました。

それから、友達になったサモア人の女の子ファフェタイが、クリスチャンだったので一緒に教会や聖書勉強会に行き始めました。 始めのうちは、ただもっと友達がほしいという理由だけで教会等に行っていました。 教会の礼拝は、大学内の大きな講義室で毎週持たれていたせいか、教会に来ていた人の半数以上は、さまざまな国から来ていた学生でした。 いつもとても活気に満ちていて、友達もたくさんできました。 特にみんなが私に新鮮に見えたのは、いろんな国から奨学金をもらってきている学生が多く、生活は決して豊かではないのですが、でもみんなどこかいきいきしており、何かそれぞれ目標を持っているようでした。 

ある時、私が寒そうにしていると、友達の一人が、「私は2枚もセーターを持っているから1枚悦子にあげるよ」と気軽にくれました。 そのセーターも穴があいているところがあったりで、決していいセーターではありませんでした。 私だったら、2枚しか持ってないし、おまけに破けているのだったら恥ずかしくて人にはあげられないと思ってしまいますが、彼女にして見ると、友達が寒そうにしていて、自分が2枚セーターを持っていれば1枚あげるのは当然だったようです。 ふとその時の私の日本での生活を思い出しました。 私といえば、恐らく20枚ぐらいは少なくともセーターは持っていましたし、その当時はブランド嗜好で、いつも人の目ばかり気にして生活していました。 その彼女の態度を見たとき、もちろんお互いに育った環境も違うにしても、彼女の優しさ、価値観の違い、プライドがないことに非常に驚きました。 単純なあたりまえのことにすら気がついていなかった自分が急に恥ずかしくなりました。

その友人たちといると、全く自分を飾る必要もなく自分に素直になれました。 そして、ただ友達と一緒にいたり、遊ぶだけでなく、みんなが持っている人生の価値観、目標をもっと知りたくなりました。

みんなが持っていた人生観の根底にあったものは、創造主である神様の存在を信じ、私たちはそれぞれ目的を持って生まれてきているということでした。 友達のことは、みんなとても好きだったのですが、神様と聞くと何となく興ざめしてしまっていました。 それというのも、生まれてこのかた神様の存在すら考えたことがなかったし、私が持っていた神様のイメージは、神様自体人間が考えたもので主観的な空想にすぎない、弱い人間のすること(他力本願的な)、現実逃避、回りが見えなくなり孤立する、自分が信じたものだけが真理と信じこみ他人に押し付ける等、悪いことばかりでした。

でも友達のことを考えて見ると、誰一人として私に神様のことを押し付ける人はいませんでした。 それどころかみんな飾りっ気がなく、それぞれ持っている能力を生かせるよう一生懸命努力していました。 私も一緒にいて、つい自分自身に自信がなかったことなど忘れて、自分も何か初めて見たいなあという気持ちにさせてくれました。

私が持っていた神様のイメージについて友達に話すと彼女は、創造主である神様を信じると、私たちは、ただ偶然に無意味に存在しているのではなく、神様によって生かされているということ、また皆それぞれの目的を持って生まれてきていると答えてくれました。

確かに、私が日本にいたとき、何をやってもある目的が達成されると、そのときには満足感は得られても、次の目的を決めるまでは妙に気が抜けてしまったり、しばらく目的が決まらない時には、やりきれないような空虚感を感じたり、将来にまで希望が持てなくなったり、自分の目的の一時的なことを痛感させられていたことを思い出しました。

でもいざ神様のことを信じることを考えると、空気のようにつかみどころがなく、もし今流行の新興宗教の一つで一旦入ったら抜け出せないのではないだろうかとか、クリスチャンだったらこんなことはしてはいけないという長いリストがあって、がんじがらめになるのではないだろうかという不安が次々に頭に浮かんできました。

それならば、私なりに神様は存在するのだということを証明しようと思いました。それからたくさんのクリスチャンと話をしたり、できるだけ多くののキリスト教に関する本を読んだり、聖書を熱心に読んだりしたのですが、しばらくして自分では証明できないという結論に達しました。

自分ではどうしようもできず、もう考えるのは止めようとも思いましたが、結局は諦め切れず、一番仲の良かった友達にこのことを話すと、彼女は優しくこう話してくれました。私たちが神様を証明するのではなく、心から信ずるものには神様自身が、いろんなことや人々を通して証明して下さるものだと、 また本来のクリスチャンの姿は、きまりにがんじがらめになるどころか、神様からいただいた才能を生かし、神様からそれぞれ一人一人にいただいた目的に向かって、以前よりも生き生き、自由に生きれるのではないかと話してくれました。

少し不安を残しながらも、ある日、私は神様は存在するかどうか自分で証明できないけれども、実際に存在されるのだと信じる決心をすることにしました。 世間には、さまざまな神様の話しをする人が山ほどいますが、唯一の真の神様が存在するのであれば、その神様がきっと私に証明して下さるだろうと思いました。私の場合、ある日忘れられないような出来事が起きて、その日にクリスチャンになったのではなく、長い年月をかけて少しずつ神様が神様自身について私に語りかけて下さっているので今もこうして信じています。

私は、十数年前ニュージーランドに旅立って以来、人生が本当に変わりました。日々、神様から数え切れないほどの恵みをいただいて生活しています。その道のりは決して楽ではなかったと思います。 逆に今までは、ただ毎日に流され、深く考えなかったことも、視点が変わったことによってもっと辛く感じることも多くなりました。でも困難にぶつかる度に、コリント人への手紙第一、12章の22節と27節を特に思い出します。「一番弱く、一番不要だと思われている部分が、実は最も必要なのです。」また「あなたがたは共に、キリストという一つの体であり、一人一人がなくてはならない部分である。」私たちがこの世にそれぞれ目的を持って生まれてきているように、私たちの人生のすべてにも理由があるのだと思うと、以前のようにただ落ち込んでしまうことがなくなりました。長い間、自分に自信が持てなかったので、特に何かに打ち込んだこともなく、いざ何かを始めたいと思っても何から始めて良いのか悩んでしまったりします。またやる気満々で、あることに没頭している人を見るとつい圧倒されてしまい、あんなふうには到底なれないなとか、やっぱり私は駄目だとか、何も始める前に自分を制限してしまう昔の私に戻ってしまいそうな時がまだしばしばあります。 でも、そんな時、私の心の中で、イエス様が、いろいろと励ましてくれます。 私に望んでおられることは、誰か他の人のようになるのではなく、私が神様からいただいた可能性(賜物)をどんどん引き出し、それを役立ててほしいということだということです。完璧な条件の下で、完璧な時に、完璧なことをするまで待っていたら、一生私は、同じところで足踏みをしているだろうということにやっと気が付いたのです。

神様は、私たちが日々成長することと、私たち一人一人にとって神様から見て最高な人生を歩むよう望んでおられます。 ただ私たちには到底理解できないような試練が与えられたりすることもあります。 そんな時、神様から見捨てられたような気がする時もありますが、そんな時にこそ神様は、私たちが気がつく気がつかないにかかわらず、私たちの内で最大限に働いておられ、私たちを強めて下さっています。

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